第6回田ノ浦ギャザリング [情報]

上映会後、このブログももう使う事はないかもね、と思っていました。

未曾有の出来事
地震、福島原子力発電所の事故

そこから、祝島にも思いはつながります。
あの上関の原発事業はどうなっただろう。

私はこのゴールデンウィークに九州に行き、その帰りに上関町、行ければ祝島まで行ってきたいと思っています。

1月に「祝の島」という映画の上映会を主催しました。
その前から思うところあって上映会に至ったわけですが
上映会ではいろんな出会いと気付きがありました。

私は田ノ浦に原発をつくってほしくないので
今まで29年間阻止してきてくれた島の人と、それを助けてきた人たちに
静かに感謝するだけでした。
せめて上映会をすることで、この事実を知る人を増やしたいと思ったし
同じく主催する立場の仲間をつくる事で
他人事でなく思う人も増やしたかった。

でも、推進派の気持ちも理解できるな、と思っていました。
個々の生活がある、と。

でも、今はもう、やっぱりそうは思えないのだけど
今でも上関町では推進派の人たちがいて
地震直後の議会でも、「安全な原発を」ということで
推進派の人の数が多かった、と聞いた。これは聞いただけです。

なので、もう一度、祝島のブログを読み返しました。

http://blog.shimabito.net/

事態は、少しずつ緩んできている印象も受けるけど、
結局、私たちが「原子力発電がなくてもくらしていきたい、いけます」という意思表示をしないと、何も確実には動かないのだな、とも思う。

そしてさらに
上関町まちづくり連絡協議会さんの「上関みらい通信」を読むと
胸がつぶれそうになった。

この通信の内容と、
それから「田ノ浦ギャザリング」という集まりのことが書かれているブログがある。

見れる人は、まずみてみてください。

http://ameblo.jp/tanouragathering/entry-10866764682.html


ここまできたら、わかるはずだ、とお互いが自分のものさしで話すしかなかった今までを、感じる。

でも、連絡協議会さんは「それでもこういう思いなんだ」と私でさえ、愕然として、それから、29年という時間の長さ、重さ、それから、国という顔の見えない相手が、私たちの今を放射能まみれにしたように、推進派の人の生活も反対派の人の生活も脅かす。
ただし、国という相手は、私たちがつくったものだ、ってこと。

気の遠くなりそうなつながりに
それでも、だからこそ、目の前に現れたことを、丁寧に紡いでいかなければならない。

そういう思いを、このブログから読み取りました。

中電の関連の作業員さん
上関まちづくり協議会の人

実際にお会いしたら、私は何が話せるだろう。
全然、自信がないです。

だから、遠い、千葉の地で、映画の上映会をやってました。
と、かなり自虐的でもあるけど、真実だ。

さあ、とうとう、私はたぶん、5月6日以降に田ノ浦か祝島に行きます。
自分の目で見て、自分の心で感じてきます。

5月15日の田ノ浦ギャザリングに行きたかったな。
みんなで行こう!という波の中でのほうが、少し安心できたかもしれない。

でも、映像でみた綺麗な海をみたいんよね。
祝島の人を育んだ空気を感じたいんよね。

たくさんの原子力発電所がたっていて、それを止めることが
いろんな仕組みの中でなかなか困難な今、
29年間、阻止してくれた重みに、ほんとに私は感謝する。

時間、タイミングが許す方
この田ノ浦ギャザリングに行ってくださると、嬉しいです。
この情報を流してください、と信頼できる人から伝えられたので
多くの人が集まっていいのだと思います。
私たちは、自分の事として上関町の行方を考えています。
そういう意思表示が、できる場になるのだと思います。

さかいのりこ
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尾道SAHARA (とも人繋がる心)

 祝い島へは、20年前までは年に2~3度は、鯛釣りの遊魚船釣りに出かけていました。

 祝い島は、鯛の一本釣り漁師さんが、遊魚船もされていました。

 とにかく、綺麗な海と魚影の濃さは、瀬戸内海のトップクラスです。

 祝い島は「鯛の島」と言ったイメージが、今でも残っています。

 海に寄り添い生きる「人々の島」の暮らしが、祝い島では感じられました。


 上関原発建設に、僕も大反対です!
by 尾道SAHARA (とも人繋がる心) (2011-04-26 10:42) 

ちばほうり

尾道SAHARAさん、コメントありがとうございました。

海とはこんなに素晴らしいもんなんだな、と映画を観て思いました。
いい感じのおばあちゃんやおじいちゃんが、「原発反対」と言わないといけない現実をつきつけられ、せめて、と上映会をやりました。

29年の反対派と推進派の思いを、つなげていけるものは何なんでしょうか。
たぶん、無関心な距離にいる人が少しずつでも近づいていくことだと思います。手遅れにならないうちに。
by ちばほうり (2011-04-26 20:19) 

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